IE9ピン留め

日記みたいな感じ
by tk2000kt

血がまじって

「クンタキンテ!」

たくましく生きてくれ!





って、今日、便に血が混じっているということで、小児科へ行ってきたけど、
母乳で育ててると、便の回数が多く→腸がただれて、少量の出血があるだって。






ちょっと心配しすぎや。

過保護にしたくないがやけんどね。



早くいっしょに山へ行きたい。
# by tk2000kt | 2012-01-30 22:41 | 赤ちゃん | Comments(0)

開拓者たち

NHK 開拓者たち(録画)を見終わった。



今の日本で、何が悪いかって、政党争いや情報公開法、深く考えず言いたいことだけ言い、投票する国民が悪いのだけど、
一番は悪いのは、ゴールデンタイムで流れるバラエティー番組じゃないかなと・・・



バラエティーやお笑いで気を紛らわすことも大事やろうけど、
もっと大切な、過去の事実の報道や、次代を担う子供たちへの情報提供などに足りていない気がする。



いい番組を作るNHKも、夜のニュースでは主観が入り気味。
また、不平等の受診料も徴収される。



なんとかせんと、ほんとにこの国は犯罪増加、(放射線も含めて)公害まん延で、人の住めない列島になってしまうで。



などと、この『開拓者たち』を観て感じたところなのでした。

自分らの年代の親たちの時代、
大変な思いをして生きた人たちが大勢いたということを、再認識させられる、いい番組でした。



那須高原に遊びに行ったことあったけど、そのときは何にもない土地で無理につくった乳製品をお土産物として売って生活している、しょうもな土地だと思ったけど、

まったく歴史を見ていなかった自分に猛省。
# by tk2000kt | 2012-01-29 01:42 | | Comments(0)

カップ

今日は日帰りで、大阪梅田のアスリートクラブへ、インソールを作りに行ってきた。

アスリートクラブについてのはなしは、長くなりそうなので、
以後、折を見て書くとして、
その帰りに第三ビルの好日山荘で、イイ感じのカップを入手したので、そのはなし。



COGHLAN'S 社の
『Fold-A-Cup』



実測で、
重さ:25g
広げたときの容量:270cc
※折りたたみ式。



UTMFでは、150ml 以上のカップの携行が義務付けられる。

何かいいカップがないかと探していた。

この『Fold-A-Cup』は、アルミやチタンのマグカップよりも軽く、
またバックに収納する際にも、じゃまにならない感じ。



ちょっとづつ、準備進行中。





PS.
大阪行の途中、和田岬の三菱重工業神戸造船所周辺に立ち寄り、
加藤文太郎にちなんだ何かがないかとウロウロしてみたが、なにも見つけることができなかった。

造船所の案内の人に聞いたら、「それは誰ですか?」だって。

せめて六甲1周のスタートゴール地点でも確認できればと思うのですが・・・

# by tk2000kt | 2012-01-21 23:28 | マラソン | Comments(4)

パリ to 北京

UTMFブログより引用
http://www.ultratrailmtfuji.com/blog/2012/01/%E6%A3%AE%E3%82%92%E8%B5%B0%E3%82%8D%E3%81%862012/


森を走ろうシンポジウムでのコメント



●中尾益巳氏

「映像コンテンツとしてのトレイルランニング」

山 もランニングも全くど素人の私がトレランに魅せられた理由。
それはトレランが「ドキュメンタリーの被写体として魅力的だったから」の一言につきる。

テレビ 屋として25年、原爆からオタクまで様々なドキュメンタリーを作ってきたが、撮りたいことはただ一つ「人間の本性と本音がさらけ出る瞬間」である。

3年前 に鏑木さんと出会い、アメリカで初めてレースを見た私は、この未知の競技に被写体としての魅力を強く感じ、UTMBの番組を作ることを決意した。
しかしお 手本など全くない。
それまで本格的トレランドキュメントなど皆無だったからだ。
でも私には心強い経験があった。

それは1992年のパリ-北京ラリー。

UTMBはラリーと同じように、スポーツであると同時に旅。
しかも競技しながら食い、休み、自らをマネジメントする。
いわば生活そのものである。

私は、か つて1ヶ月のユーラシア横断でやったことを3日間でやるためのプランを立てた。
かくして「激走モンブラン!」は作られ、放送後は大きな反響を呼んだ。
「こ んなスポーツがあったのか!」そして「一体どうやって撮影したんだ?」。
映像になったトレランはまた新しい魅力を持った。
なぜなら、トレランレースの一部 始終を生で観戦した人はこれまでいなかったから。

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超長距離のトレイルランニング!

そうだよね。マラソンレイドそのものっ!

自身をマネジメントする。
# by tk2000kt | 2012-01-12 20:16 | マラソン | Comments(0)

UTMF準備

さて、2012年も始まって、今日は1月7日。

本年前半の目標は、UTMF 制限時間内の完走である。

スタートまで、あと132日。

コースやエイドなどの情報に乏しいが、
装備について、そろそろ準備をしないと、慣らしや駄目出しの時間がない。

少ない情報を整理して、必要と思われるものを準備する。



まず、スタートゴールは河口湖大池公園
富士山をぐるっと左回りで1周、160km(2010.12.25日経新聞より)

エイドの場所、設置数は不明

ピックアップステーションに、ドロップバッグを預けることができるらしい。
場所は、「本栖湖スポーツセンター」(山梨県河口湖町)と、「富士山こどもの国」(静岡県富士市)の2か所
(HPより)


指定装備品の注意点としては、通常装備のほかに「タンブラー150cc以上」と「熊すず」が必要=鳴り止めも必要ということ。

装備品の重量について、装備総量がスタート時点又はチェックポイントで2kgを越えること。
コース上のすべての場所において1kg以下にならないこと。(HPより)
とあるが、いつもの装備であれば、心配せずとも、規定重量を超える。



今後、用意が必要な装備としては、超長距離を走ることから、自分の足に最適化したインソールを制作予定
できればシューズも新しいものを購入したい。

asics 「GEL-TRAIL SENSOR 5」又は「GEL TRABUCO 14」を予定しているが、何せ高知にトレイルシューズを在庫しているショップが皆無。
インソールも大阪アスリートクラブで制作する予定であることから、早いうちに大阪へ行かねばなるまい。
(ニューハレテープでさえ在庫していない。)

慣らし等必要であることから、このシューズの準備が最優先か。



ウェア類は、finetrackを使用したい。
アンダーウェア:フラッドラッシュパワーメッシュ ノースリーブ
ロングTシャツ:ドラウトエア ジップネック
靴下:スパイルフィルソックスランニング



タイツは、cw-x REVOLUTION の予定だが、疲労軽減を目的として SKINSの A400 ロングタイツを試したいところ。



ただ、各ピックアップステーションへの装備品の配置は、ステーション間の距離や到着時刻等を考慮して、内容を検討する必要があり、
必要数量かまえるのは、詳細が発表されてからか。



いずれにせよシューズ、インソール、タイツは、早めに購入しよう。


あとは、宿と航空券の予約。
# by tk2000kt | 2012-01-07 09:02 | マラソン | Comments(1)

業務連絡_入門トレイルランニング大会

トレイルランニングも NHK での UTMB 放送をきっかけに、広く知れわたることとなりましたが、
ここ四国では、まだまだマイナー。

徳島方面で中規模の大会が複数開催されていますが、高知では皆無に等しい。

そんな中、あまり大きくならないでもらいたいと思う小さな大会を、こっそり紹介。

とてもアットホームで、居心地のいい大会です。

トレイルランニング入門にもってこいっ!

ぜひ、エントリーしてみてください。





『第3回 ゆったりまったり、里山を走ろう会』
平成24年1月28日(土)、11時00分スタート
1周6kmのコースを、1周~3周
開催地:高松市
エントリー締め切り:12月28日
ホームページ→http://www.peace-run.com/news/2011/11/3-1.html

レポート→http://tk2000kt.exblog.jp/15829386/

主催者の動画→http://youtu.be/S4M3d4F6QYU








『第3回 十和トレイルランニング』
平成24年3月4日(日)、9時30分スタート
町有林を1周(9.8km)
開催地:四万十町昭和
エントリー締め切り:2月17日
ホームページ:なし

※問合せ先
四万十町体育協会十和支部
〒786-0515
高知県高岡郡四万十町久保川47-1
電話:0880-28-5518
FAX:0880-28-5583

レポート→http://tk2000kt.exblog.jp/15619240/

# by tk2000kt | 2011-12-26 20:43 | マラソン | Comments(1)

今年読んだ本4-the end

「私達にとっては初めての正月も、彼の居ない淋しいものでした。
あの冬は大雪の年でした。
四日頃から急に寒さが加わり、あちこち積雪の多い事を、ラジオや新聞で知り、無事を祈りつつ帰りを待ちました。
「遅くとも五日には帰る」といっていた言葉を信じ、五日の夜は、風の音にも彼ではないかと出て見ました。
六日の明方、うとうととしてしまいました時、私の編んだセーターを着て、元気のない彼が手ぶらで帰って来まして、私のそばで、「体の調子はいいか」と尋ねます。
産後の肥立が少し悪かったので、それを案じてだろうと思い、「はい」といいますと、「あんたさえ元気ならいい」と申しました。
夫の帰った事がうれしく、ああよかった、と思ったとたんに登志子の泣き声に目が覚めました。
あまりにもはっきりした夢であり、声まではっきり耳に残っています。(この夢を見た1月6日を私は命日と思っています)急に胸さわぎがして眠れず、起きて電燈をつけ、吉田様の住所を調べて夜の明けるのを待ちました。
カラカラに凍った道、肌を刺す冷たい風に顔を包みながら、吉田様の宅を捜しました。
お父様にお目にかかり、心配でじっとしておれぬ事を話しますと、「加藤さんと息子が一緒なら絶対に間違いはありませんから安心しなさい。私が太鼓判でも押しますよ」といわれて、不安な気持を払うように帰って来ましたが、帰る途中に、又不安はつのってきました。
その六日の夕方、会社からの帰りに遠山様が加藤が出勤しないのを心配して尋ねて来て下さいました。
あまり心配しないようにと力付けて下さいました。
御親切がうれしく身にしみました。




その夜も眠れぬままに夜を明かし、七日の朝、身も心も凍る思いでふたたび吉田様のお宅を尋ねました。
何の連絡もなく、お父様はやはり同じ返事でした。
これほど加藤を信じて下さるお父様の気持ちを思うと、万一の事があったらと、たまらない気持ちでした。
七日の夕方、一緒に登山された浜様、大久保様の下山の報により、二人の遭難は確実になりました。
その時の気持はとても筆舌では表わす事が出来ません。
会社の方や山友達の方がつぎつぎに心配して尋ねて来て下さいました。
報を知って遠方の方々から慰めの手紙も頂きました。
乳飲子を抱えての悲しみに、乳の出を心配して下さって「このお菓子を食べてお乳を沢山出して下さい」と云って、お饅頭を持って来て下さった山友達の方もありました。
数え切れないくらい温い友情に接し、何度泣いたか知れません。
山友達の美しい友情について彼はよく話していました。
遭難後、その言葉を身を以って体験させて頂きました。

遭難から遺体収容まで、実に多くの方々にお世話様になりました。」



~ 略 ~



「若くして山に散り、薄倖の人と思った事もありましたが、加藤文太郎は又とない仕合わせな山男であったと、しみじみ思います。」



※『不撓不屈の岳人 加藤文太郎の追憶』 加藤花子の章 より




前置きが長くなりましたが、今年読んだ本の中で、心に残った一節を引用?しました。
(著作権法、OKよね?)

まぁ、赤ちゃんが生まれて家族が増えたので、このようなことが身にしみ入ります。

周囲の人々に心配かけんようにしようかね。

また、子供たちが、こんな思いをせんようにね。




# by tk2000kt | 2011-12-13 22:23 | 山登り | Comments(0)

今年読んだ本3

「吉田様との登山が決ってからは、その準備に余念がありませんでした。
出発の前夜、コタツに当たりながら、「こうして暖かいコタツにあたっていると、山へ行くのが大義なような気もする」と一人言のように申しました。明日の出発を楽しんで張り切っている、とばかり思っていた私は驚いて彼の顔を見ました。
彼は子供の顔を見ながらしんみりとしていました。
私は、「やめられたら?」といいましたが、「友達が僕の行くのを待っている」と申しました。
悲しい運命が待っていたのです。



出発の12月29日、お正月用の餅を二十ケ程包んで、こっそりと(要らぬといっていましたので)荷物の中に入れておきました。
会社から帰ると時間がないらしく、せかせかと荷物を調べ、入れた餅に気が付くと出してしまいました。
母に抱かれた登志子のホッペをちょっとつつきながら、「帰る頃には目が見える様になっているかなあ」「お母さん留守中お願いします」といいながら出かけました。
あの時の餅を無理にでも入れておけばよかったと、今だに思われてなりません。
途中まで見送っての帰り道、涙が出て仕方がありませんでした。
一週間位で帰るとわかっていながら、何ともいえぬ淋しい気持ちでした。
あの時が、彼との、父と娘との、永久の別れになってしまいまし。」



「加藤文太郎の追憶」より
# by tk2000kt | 2011-12-13 21:16 | 山登り | Comments(0)

今年読んだ本2

「その年の十月頃から急に朝早く起きて、近くの山々を駆け巡る様になりました。
私も4時頃から起きて、彼が高取山に登って帰るまでに朝食の用意をしました。
出かける時はまだ外は暗く、懐中電灯を持って出かけました。
帰る頃を見計らって玄関に出て待っていますと、タオルで頭を包むようにして後頭部で結び、マラソン選手の様に駆け足でニコニコしながら帰って来ました。
寒い麻はポッポッと頭から湯気が立っていました。
会社の行帰りにも二つ三つ、山を巡って来るとの事でした。
十月頃と思いますが、六甲山で、”加藤に山の話を聞く集い”があり、私の編んだセーターを着て元気よく出かけました。
そのセーターが死出の晴着にもなってしまいました。」



「11月14日、子供が生まれる時、お湯を沸かしたりしてよく手伝ってくれました。
女の子で、がっかりだったのではないかと気がかりでしたが、会社で「一姫二太郎といって始めは女の子がいいのだ」と友達にいわれたといって、嬉しそうな顔をして帰って来ました。
登志子が可愛くてたまらぬらしく、泣けば膝に乗せて足をゆすり、まだ目も見えぬ子をあやしながら食事をしたりしました。」






師走
今年の総括をしてもいい時期が来たね。
今年読んだ本の中で、頭に残った本の一節を、引用しているのです。
# by tk2000kt | 2011-12-12 22:31 | 山登り | Comments(0)

今年読んだ本1

「故加藤と私との生活は1年足らずの短いものでした。
彼は一見不愛想の様でしたが、細かい所によく気が付き親切でした。

日曜日には近くの山々を連れ歩き、いつも地図を手にして、よく分かる様に説明してくれました。
山の話をする時の彼は生き生きとして頼母しく見えました。
山の唄も私に教えて一緒に唄ったりして、家庭での彼は実に朗らかでした。

二月の初め頃、婦人用のスキー服を買って来ました。
そして紀元節と日曜日の続いた時、私を赤倉のゲレンデへ連れていってくれました。
スキーのはき方も知らない私が、少しすべれる様になるまでには、随分世話をやかせましたが、楽しい思い出となりました。

「これからは毎年冬には一緒にどこかへ行こう。子供が生まれたら僕が負ってすべるよ」
と云って、島田様の店※から女用のスキーを買って来て楽しんでいましたがそのスキーも、そのまま使う事もなく終ってしまいました。

※今の『好日山荘』

加藤花子より
# by tk2000kt | 2011-12-12 21:16 | 山登り | Comments(0)
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